CHAPTER 07買い物・病院・学校
学都です。市内には大学(大学院を含む)6校に学生9,165人、短期大学1校に749人、全日制の高等学校19校に11,049人がいます(令和7年5月1日現在)。市立の学校は小学校52校(児童21,269人)・中学校24校(生徒10,695人)。子どもの医療費は入院が高校3年生等まで自己負担なし、通院は中学3年生まで・1か月1,000円を超えた分を助成します。
| 学校の種類 | 学校数 | 児童・生徒・学生数 |
| 市立 小学校 | 52校 ほかに分校1 | 21,269人(893学級) |
| 市立 中学校 | 24校 ほかに分校1 | 10,695人(370学級) |
| 高等学校(全日制) | 19校 県立11・私立6・市立1・国立1 | 11,049人 |
| 大学(大学院を含む) | 6校 国立1・公立1・私立4 | 9,165人 |
| 短期大学 | 1校 | 749人 |
子どもの医療費は「入院は高校生まで無料、通院は中3まで月1,000円」市の子育て支援医療費助成制度——入院は出生日(転入日)から高校3年生等(18歳に達する日以後の最初の3月31日)まで、保険診療にかかる自己負担分の全部を助成。通院は中学3年生まで、1か月の治療費の合計のうち1,000円を超える額を助成します(2023年10月から入院が高校生まで広がりました)。
本サイトで比べると大津は未就学が窓口負担なし・小1〜18歳は通院1医療機関月500円、福山は中3まで1日500円——制度の型はまちごとに違います。
学生が1万人います大学・短大・高専の学生が9,914人(大学9,165人+短大749人)。高校生を足すと2万1千人を超えます。§1の「加賀は天下の書府」という五代藩主の時代からの気風が、いまも数字に残っている形です。
市は金沢学生のまち市民交流館(2012年開館)を持ち、市議会は「金沢ファッション産業都市宣言」(2004年)「世界工芸都市宣言」(1995年)などを議決してきました。若い人が多いまちは、店も交通も細りにくい——移住先を選ぶとき、この人数は効きます。
買い物と文化は中心部に集まっています金沢駅から武蔵ヶ辻・香林坊・片町にかけてが商業の軸です(市の年表では武蔵ヶ辻の再開発が1973年、香林坊が1986年に完成)。
文化施設は金沢21世紀美術館(2004年)・鈴木大拙館(2011年)・金沢海みらい図書館(2011年)・谷口吉郎吉生記念金沢建築館(2019年)と、2000年代以降に次々開いています。§2の「中心部」がいちばん安い(中央値1,499万円)のは、この集積の中でのことです。
出典:学校数・児童生徒数は金沢市教育委員会「金沢市内の学校教育施設」(令和7年5月1日現在・PDF)(市立小学校52校=分校1は外数・21,269人・893学級/市立中学校24校=分校1は外数・10,695人・370学級/高等学校 全日制は国法1・県立11・市立1・私立6で計11,049人/大学(大学院含む)は国法1・公法1・私立4で9,165人/短期大学1校749人)/子ども医療費は同「子育て支援医療費助成」(入院=出生日(転入日)〜高校3年生等・保険診療にかかる自己負担分の全部/通院=出生日(転入日)〜中学3年生・1か月の治療費の合計の1,000円を超える額/令和5年9月受診分までは入院・通院とも中学3年生まで)/文化施設と宣言の年は同「金沢の歴史(通史)」/大津市・福山市の制度は本サイトの各ページと同じ出典/確認日 2026-08-21
病院や買い物、学校は困りませんか?
🔴 学都です。市立小学校52校(児童21,269人)・市立中学校24校(生徒10,695人)、全日制の高校19校、大学6校に学生9,165人・短期大学1校749人(令和7年5月1日)。子どもの医療費は入院が高校3年生等まで自己負担なし、通院は中学3年生まで・1か月1,000円を超えた分を助成します。買い物と文化は金沢駅〜武蔵ヶ辻〜香林坊〜片町に集まっています。
CHAPTER 10どんな人が、どれだけ住んでいるか
推計人口452,627人・214,580世帯(2026年8月1日)。男219,043人・女233,584人、1世帯あたり2.11人、人口密度965.5人/km²。人口のピークは2015年前後で、そこから約1万2千人減りました。2015年1月1日の464,733人に対し、2026年8月1日は452,627人——11年で12,106人(2.6%)の減少です。年齢は住民基本台帳(2026年1月1日)で15歳未満11.4%・15〜64歳60.5%・65歳以上28.1%。
| 年(1月1日) | 人口 | 世帯数 | 1世帯あたり |
1889年(明治22年) 市制施行の年 | 95,202人 | 27,391世帯 | 3.48人 |
| 1950年(昭和25年) | 248,899人 | 58,055世帯 | 4.29人 |
| 1970年(昭和45年) | 357,759人 | 98,171世帯 | 3.64人 |
| 1985年(昭和60年) | 428,642人 | 139,874世帯 | 3.06人 |
| 2000年(平成12年) | 456,077人 | 176,735世帯 | 2.58人 |
2015年(平成27年) このあたりがピーク | 464,733人 | 197,786世帯 | 2.35人 |
| 2026年(令和8年)8月1日 | 452,627人 | 214,580世帯 | 2.11人 |
130年で人口は4.8倍、世帯は7.8倍になりました1889年の95,202人・27,391世帯から、2026年の452,627人・214,580世帯へ。人口は4.8倍、世帯は7.8倍です。1世帯あたりの人数は3.48人 → 2.11人。
人口が減り始めても、世帯は増え続けています。2015年の197,786世帯から2026年の214,580世帯へ、11年で16,794世帯増——家の需要は、人口ほどには減っていないということです。
年齢は、全国平均に近い形です住民基本台帳(2026年1月1日・441,947人)で、15歳未満50,323人(11.4%)/15〜64歳267,402人(60.5%)/65歳以上124,222人(28.1%)。
いちばん人数が多いのは50〜54歳の37,149人、次いで75〜79歳の31,246人・45〜49歳の31,015人。20〜24歳が25,626人と、その前後(15〜19歳21,023人・25〜29歳22,898人)より多いのは、§7で見た大学生9,165人・短大生749人が効いているためです。
いまの数字は、2025年の国勢調査に基づいています市の推計人口の注記——「令和7年10月以降の人口・世帯数については、令和7年10月1日現在で実施した国勢調査の人口速報集計に基づいて推計している」。
本サイトの他のページより1回新しい国勢調査に乗った数字です。そのぶん、令和2年11月〜令和7年9月の数字は、国勢調査の確定値が出た時点で補間補正されると市も書いています。数字は動きますので、比べるときは基準日をそろえてください。
出典:推計人口・世帯数と年別の推移は金沢市「金沢市推計人口・世帯数」(PDF)(1889年95,202人/27,391世帯・1950年248,899人/58,055世帯・1970年357,759人/98,171世帯・1985年428,642人/139,874世帯・2000年456,077人/176,735世帯・2015年464,733人/197,786世帯=いずれも1月1日現在/2026年8月1日452,627人・214,580世帯・1世帯2.11人・人口密度965.5人/km²/令和7年10月以降は令和7年国勢調査の人口速報集計に基づく推計、令和2年11月〜令和7年9月は確報公表時に補間補正)/年齢別は同「金沢市の年齢別人口及び世帯数」(住民基本台帳・令和8年1月1日現在・PDF)(総数441,947人/0〜14歳50,323人・15〜64歳267,402人・65歳以上124,222人/50〜54歳37,149人・75〜79歳31,246人・45〜49歳31,015人・20〜24歳25,626人)。年齢3区分の合計と割合、増減の計算は本サイトによるもの/確認日 2026-08-21
外国人住民の比率
2.06%全国平均 3.26%
金沢市に住む441,947人のうち、9,094人が外国人住民です。全国平均(3.26%)より低くなっています。
全国では外国人住民が総人口の3.26%(1億2376万7642人のうち403万1159人)。
1割を超える市区町村は全国で34あります。
出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」(令和8年1月1日現在・2026年7月29日公表)の
市区町村別集計から算出。総務省の公表ページ/確認日 2026-08-17
金沢市の人口は増えていますか?
🔴 2015年前後がピークで、そこから約1万2千人減りました。2015年1月1日の464,733人に対し、2026年8月1日は452,627人——11年で12,106人(2.6%)の減少です。ただし世帯数は197,786→214,580と16,794世帯増えています。年齢は15歳未満11.4%・15〜64歳60.5%・65歳以上28.1%(住民基本台帳・2026年1月1日)。
CHAPTER 11地域とのつきあいと、一年の行事
一年の中心は「金沢百万石まつり」です。加賀藩祖 前田利家公が天正11年(1583年)に金沢城へ入城し、金沢の礎を築いた偉業を偲んで開かれるもので、6月第1土曜日を中心とした3日間、市内各所が会場になります。百万石行列のほか、百万石茶会・百万石踊り流し・百万石薪能など。第1回は1952年(昭和27年)でした。
百万石まつりは、まちぐるみの3日間です市の説明——「豪華絢爛な百万石行列をはじめ、400年余りにわたりこの地に受け継がれてきた伝統行事が賑やかに繰り広げられます」。主催は金沢百万石まつり実行委員会(市 観光政策課と金沢商工会議所)。
行列の当日は市内中心部で大規模な交通規制が行われ、市はパーク&ライドでの来場を案内しています。住むと、見る側から、当日の道の使い方を考える側になります。
茶の湯と謡が、町衆にまで入っているまちです市の資料の言葉——「藩政期から420年以上にわたって、大きな災害や戦禍に遭わず、歴代藩主が進めた文化政策によって、町衆にまで茶の湯や謡が浸透した金沢では、今も、数多くの伝統工芸が、人々の暮らしの中に息づいています」。
百万石まつりに百万石茶会と百万石薪能が並ぶのは、この歴史の延長です。「地域の行事=祭りの日だけ」ではなく、習いごとや町会の付き合いの形で日常に入っている——それが金沢の地域づきあいの特徴だと、公表資料からは読めます。
市議会が重ねてきた「宣言」市の年表には、市議会が議決してきた宣言が並びます——「緑の都市宣言」(1974年)「景観都市宣言」(1992年)「世界工芸都市宣言」(1995年)「環境都市宣言」(1998年)「金沢ファッション産業都市宣言」(2004年)「安全・安心都市宣言」(2006年)「グッドマナー実践都市宣言」(2007年)「男女共同参画都市宣言」(2013年)。
まちの姿を、議会が言葉にして残してきた——移り住む前に、この並びを一度眺めておくと、このまちが何を大事にしてきたかが分かります。
出典:金沢百万石まつりは金沢市「金沢百万石まつりについて知りたい」(前田利家公が天正11年(1583年)に金沢城へ入城した偉業を偲んで開催/6月第1土曜日を中心とした3日間/会場は金沢市内各所/百万石行列・百万石行列出発式・入場祝祭・百万石茶会・百万石踊り流し・百万石薪能など/主催は金沢百万石まつり実行委員会)と同「百万石まつりの観覧はパーク&ライドでまちなかへ!」(行列当日は市内中心部で大規模な交通規制)/第1回開催(1952年)と市議会の宣言の年は同「金沢の歴史(通史)」/「町衆にまで茶の湯や謡が浸透した」は同 創造都市推進室「ユネスコ・クラフト創造都市 — 手仕事のまち・金沢」(PDF)/確認日 2026-08-21
自治会やご近所づきあいは、どんな感じですか?
一年の中心は金沢百万石まつり——6月第1土曜日を中心とした3日間、前田利家公の金沢城入城を偲んで市内各所で開かれます。百万石行列・百万石茶会・百万石踊り流し・百万石薪能。市の資料は「歴代藩主が進めた文化政策によって、町衆にまで茶の湯や謡が浸透した」と書いており、地域のつきあいは祭りの日だけでなく、習いごとの形でも日常に入っています。
2026年8月21日 時点の情報です
このページは、最新のAIが作成した移住情報のまとめです
人が主観で書いた紹介記事ではありません。自治体・国の統計・気象庁・鉄道会社・不動産ポータルなど、インターネット上に公開されている公式の情報をAIが集め、移住を考える人が読みやすく、そのまま判断に使える形に組み直したものです。数値には出典のリンクと確認日を付けていますので、気になったところは元の資料でお確かめください。制度や価格は変わります。契約の前には、必ずご自身で最新の情報をご確認ください。
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このページはAIが作っています。数字の取り違え、古くなった制度、つながらないリンク——見つけたら教えてください。お名前もメールアドレスも要りません。どこが、どう違うかだけで届きます。
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